2011/08/16

送り火

そして送り火

小学生の頃、母の故郷に連れて行かれた夏休みの記憶

  今日は、おじぃさんや、みんなをお送りする日でなぁ
  せっかく家に戻ってきたのに?もう帰るん?
  仕方無いでなぁ、向こうは、向こうで、忙しいでなぁ
  ふーんん・・・

なんて、当時80歳くらいだったであろう祖母と小学3年生男子
分かったような、分からないような会話をしてたのは覚えてる
母の実家にいる間、毎日陽が暮れるまで泳いでたけど、その日は
午後から精霊流しの船の組み立てがあるので、帰ってきなさい、と。
船の組み立てを楽しみにしてたけれど、記憶では船は出来ていて
ロウソクを立てたり、和紙に家の名前を書いたり、お供えをしたりで
子供には、ちっとも面白くなかったっけ
あれは、向こうに返る人を想う時間だったんだろうな

夕方になると、また海岸にぞろぞろと村の人たちが集まり始め
迎え火と同じように、ブイの辺りに浮く漁船が白熱灯を灯す頃
ひとつ、またひとつと、ロウソクの灯が揺れながら小さな船が流されてゆく

  そろそろ帰してあげる時間でなぁ

そう言う祖母から船を受け取ると、落とさないように、そっと抱えて
波打ち際においた、船は大きく揺れながらも、少しずつ、ゆっくりと沖へと流れる

  また返っておいでよぅ、来年返っておいでよぅ、元気になぁ
  待ってるでなぁ、返っておいでよぅ、元気になぁ

おばぁちゃんは、船が見えなくなるまで、歌うように繰り返す

  もう死んでるのに、おじぃちゃん、元気にしてるん?
  元気でないと、来年も返って来れんでなぁ、だからお願いしてるでなぁ
  ふーんん・・・


  
翌朝、村の子供たちと一緒に浜辺に流れ着いた小船を片付ける作業を手伝ってたら
突然現れた知らないおじぃちゃんに、笑いながら頭をぐりぐりと撫でられた
その、おじぃちゃん、不思議なことに、おばぁちゃんちの座敷の上に飾ってある
祖父の写真にそっくりだった、着てる服までそっくりだった

・・・もしかして?おじぃちゃん、船に乗らなかったのかなぁ
もう少しここに居ることにしたのかなぁ
母に、いや、おばぁちゃんに教えてあげないと!
慌てておばぁちゃんちに向かって駆け出したけど、なんだか笑われそうで
回れ右をして、海岸に戻ったら、そこにはもう、おじぃさんは居なかった。

思い出したよ、そんなことを作文に書いたの。
  


  目が覚めて夢のあと 長い影が夜にのびて
 
  星屑の空へ 夢はつまり 想い出のあとさき
  
  夏が過ぎ風あざみ 誰のあこがれにさまよう
  
  八月は夢花火 私の心は夏模様♪



 
 
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2 件のコメント:

  1. RYUちゃんの故郷勝浦でも
    同じように108の松明を燃やし新仏があの世へ還るのを見送る慣わしがあるという
    和歌山でははすの葉に乗せた供え物にロウソクと線香を点し
    近くの川に流した思いが…
    今は環境汚染で遠い昔日の思い出となりましたが

    夏が過ぎ 風あざみ/誰のあこがれにさまよう/
    八月は夢花火 私の心は夏模様

    返信削除
  2. 8739さん
     
    いろんな慣わしがありますね
    この祖母も、父方の祖父母も、そして父も、、、
    他にも自分の周りで愛する人を亡くした実体験を
    重ねてきた、この歳になってからこそ思います
    年に一度だけ、もう逢うことの出来ない愛おしい人を迎える
    ・・・慣わしに違いはあれど、なんとも慈しみ深いことですね。
    こうして、40年近くも前のことを想い出して
    キーボード打ってるだけで
    あの藁の灯、白熱灯の揺れる姿、そして祖母の歌うような
    囁き
    全てが目の前にくっきりと蘇ります、そして
    その記憶が自分を責めます
    今まで忙しさにかまけて、父の盆に帰省すらしなかった
    自分を責めます、恥ずかしくないのか?と。

    いろんな思いが募って・・・、困りますね、夏はw( ̄ー ̄)

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